天気の子の帆高と陽菜のその後は?ラストの続きや続編はある?【二次創作・SS】(ネタバレ注意)

※2019/08/09 SSを追記しました。
もくじから飛べます。



どうも、21世紀に入って見た映画で、一番感動した映画は『君の名は。』な管理人です。
私はそこまでたくさん映画を見る方ではないですが、やっぱり、『君の名は。』他の映画にはない感動がありました。

そして、今日。2019/07/19(金)の今日。
行ってきました。『天気の子』。新海誠監督の、新作品です。
僕は北海道の札幌に住んでいるのですが、札幌では朝九時に、最初の『天気の子』が放映されました。
生憎の雨の中、映画館に向かうと、平日の朝九時にもかかわらず、私の座った列の椅子はギチギチ。周りの列も席が全て埋まっていて、やっぱりみんな楽しみにしてたんだな、と思いました。


映画を見た感想を簡単に言うなら、『君の名は。とはまた違った新海誠監督を魅せてもらったな』というところです。
相も変わらずの背景の美麗さ、思春期の少年少女のもどかしい恋物語はもちろんそのままに、今までとはまた違った緊迫したシーン、ジブリを彷彿とさせる感動シーンなど、素晴らしかったです。

この記事では、この『天気の子』に続きはあるのか?
あるとしたら、それはどういうものなのかを、考えていこうと思います。
これを書いている今も、外では雨が降っているのですが、むしろそれは、この記事を書くのにぴったりのロケーションではないでしょうか。


なお、此処から先は、作中のネタバレを含みます。
本編をまだご覧になってないなら、此処から先には進まないようにしてください。








天気の子の続き・続編はある?【ネタバレ注意】



結論から言うと、『天気の子』の続きが描かれることはことはないと思います。
一番の理由は、『二人はもう、大丈夫』だからです。

どういうことかといえば、物語を書くには、『問題点』が必要なのです。
もちろん、映画を作るには、キャラが必要で、設定が必要で、美術が必要で、声優が必要で、監督の熱意が必要です。
しかし、それらと同じくらい、物語(映画)を成立させるには、なんらかの『問題点』が必要なのです。


例えば、『天気の子』の問題点を見てみましょう。

主人公である帆高(ほだか)はずっと、自分の住んでいる島や家族に、居心地の悪さを感じていました。
『光の水たまりの中にいたい』
『居心地のいい場所にいたい』と願っていました。

一方で、もうひとりの主人公である陽菜(ひな)もずっと苦しんでいました。
母親を早くに亡くした彼女は、誰かの役に立ちたいと考えていました。
『弟は私が育てる』
『私は誰かの役に立ちたい』
そう、願っていました。

そんな二人が東京で出会い、二人の心の雨が晴れるのが、『天気の子』という作品でした。
帆高は須賀(すが)や夏美(なつみ)という居場所を手にし、そのうえで、陽菜と一緒の時間を過ごすようになりました。
その帆高のおかげで陽菜は、自分が誰かの力になれることに気づき、喜び、帆高に感謝します。

しかし、陽菜は天気の巫女の運命により、自らを人柱とすることを迫られます。
誰かの役に立ちたい。世間に迷惑はかけたくない。東京を救う――そんな思いから、陽菜は自らの身を差し出します。
帆高の指輪が滑り落ち、完全に二人のつながりは絶たれました。

それでも帆高は諦めず、陽菜を追い続けました。
自分が求める光を、追い続けました。
そして最後には帆高は陽菜を求め、陽菜は帆高に報いるという形で、二人は結ばれました。

このさきの二人にさらなる問題点が発生することは、少なくとも新海誠監督の中ではないでしょう。
あくまで推測ですが、新海誠監督の中で、今まで以上の困難を二人に対して与えることはないと思います。

二人にとって問題点がないということは、天気の子の続きがあるということも無いということです。








天気の子の映画の続き・続編はどうなる?二次創作SSを書いてみた【ネタバレ注意】



だとしても、私はこの二人の続きがみたいです。
東京で出会った二人が、そこからさらに、どうやって絆を深めるのか。
その過程を見てみたいです。

そこで、拙い形でではありますが、僕の妄想を小説にして、書いてみました。
帆高と陽菜の続きとして、もしかしたらこんな形もあり得るんじゃないか?
ひょっとしたら、こんな未来を二人は歩むんじゃないだろうか?
そういったものを書いてみましたので、もしよろしければ、御覧ください。


※映画をさきほど一回見た後、勢いで書いてます。小説版も読んでません。
温かい目で見ていただけると幸いです。



第一章 ずっとこのままで……?



――泣いてるの?帆高。
彼女……陽菜は、ベッドの中でそう言った。
彼女は右手で、僕の頬を撫でる。
右手の薬指には、僕が5年前に渡した指輪が、くすんだ光りを放っていた。

「……なんでもないよ。ちょっと、眠くて、あくびが……」
僕の言い訳じみた言葉に、陽菜はくすくすと笑う。
「そーだよねぇー。帆高、すっごい頑張ってたもんねー」
「そ、そういうことじゃなくて!!単純に、もう3時だし!遅いだろ!!」
僕は頬がかっと熱くなるのを感じる。最初にあったときから今日まで、未だに僕は、陽菜の上に立つことができないでいた。
変えることができたのは、呼び名を『陽菜さん』から『陽菜』にて定着することができたぐらいだ。
「確かに……もうこんな時間か……。私も眠いや。寝よっか」
そういった陽菜はゆっくりと目を閉じた。
僕も彼女の横に横たわり、目を閉じる。
「……これでいい。これでいいんだ。僕たちは…………大丈夫なんだ」
僕は心の中で、そう、呟いた。





――朝。
僕たちはホテルから外に出た。
出口に出た途端、スーツ姿の男性とばったり出会う。
……あれ、この人…………どこかで……
相手の男性もこちらをじっと見るが、すぐに舌打ちをして、向こうに言ってしまう。
「誰だっけ……あのひと……」
呟いた僕に、陽菜が口を開く。
「……私は写真で見ただけだけど、あの人じゃない?ほら、帆高を捕まえてた、警察の」
「ああ!あの人!リーゼントの!!」
気づかないわけだ。顔は変わってないけれど、髪型がリーゼントから、普通の髪型になっていたんだから。

「あんな特徴的な髪型を変えられたら、気づかないわけだよ……」
陽菜はたしかに、と笑ってから「でも、しょうがないよ。ずっと雨なんだもん。この湿気の中じゃあ、あの髪型をキープするのは難しいよね……」
そう呟いた陽菜の顔を、僕は見ることができなかった。
僕は無理やり明るい声で、行こう、陽菜!と彼女の手をとって、帰路につく。


そうして40分後、僕たちは坂道を登りきって、陽菜のアパートまでたどり着いた。
時刻は700ちょうど。今日は平日なので、ちらほら傘をさしたサラリーマンとすれ違っての帰宅だった。
玄関までたどり着き、陽菜が鍵を出したところで、ガチャリ、とひとりでにドアが開いた。
中から髪をセミロングのにした美男子――陽菜の弟の凪(なぎ)センパイだった。
4歳も年下なのにセンパイというのもなんだが、いまだにあらゆる面でセンパイなので、この呼び方は変わっていない。

「おはよう、センパイ」
「あ、帆高。ちーっす。………………姉ちゃんも……お か え り」
センパイはニヤニヤした顔で僕たち二人の顔を交互に眺める。
僕たちは努めて平静を装い、会話を続ける。
「こほん……ずいぶん早いね、センパイ」
「うん。高校の部活の朝練。もう7月も半ばだからね。もうすぐ、大会なんだ」
「ああ、サッカー部だっけ?」
僕のうかつな一言に、センパイは一瞬だけ顔を歪ませる。
「いや、ハンドボール部。……東京じゃあ、もうサッカーなんて、できないから…………」
センパイの言葉に、僕は何も返すことができなかった。
ぽつ、ぽつという雨音だけが、玄関に響き渡る。

センパイはニカッと笑って、
「な~に悲しそうな顔してのさ!ふたりとも!
俺は、二人といるだけで、すっごく幸せなんだぜ?」
センパイが両手で、僕たちの首を抱きしめる。
「じゃあ、姉ちゃん、行ってきます!」
「……うん、行ってらっしゃい」
陽菜も笑顔を作って、手を振り、センパイを見送った。

その後僕たちは、家に入って、ウインナーと、冷凍野菜の炒め物を食べた。
陽菜は短大の授業、僕は仕事で、須賀(すが)さんのいるK&Aプランニングに向かった。
このとき二人の間で何を話したのか、僕は覚えていない。





「青年!ちょっとこっち来い!」
――昼休み。
ここ三日ほど手がけていた記事を提出した僕は、お昼ご飯を食べに出かけようとしたところを、須賀さんに呼び止められた。

振り返ると、須賀さんが不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
猫のアメも、隣でふてぶてしく、僕を睨んでいた。
僕は渋々といったふうに、社長の机に向かっていく。
「なんですか、須賀さん……俺、これからお昼なんですけど……」
「昼だぁ?いい御身分だなぁ。なぁ、青年?」
「いや、いいじゃないですか!仕事も区切りがついたし、気持ちよく休ませてくださいよ!」
「一区切り……これがねぇ」
須賀さんがPCをツツっと指で操作し、俺が書いた文章を上から下に流していく。
「なんすか……また昔みたいに『もっと簡潔に書けよ』とでも言うつもりですか?」
「ばーか、逆だよ、帆高」
ここで初めて須賀さんが、苦笑した表情を見せる。
どうやら、最初に印象ほど、怒ってたわけじゃなさそうだ。

「最近のお前はよくやってるよ。この文章も……ライターとしては、いい文章だ。簡潔かつ客観的。何を書いているかわかりやすい」
「……なんすか、急に」
「だけどな」と須賀さんは前置きをして、「最近のお前の文章、つまんねぇんだわ。俺は、昔みたいにまどろっこしくて、癖の強かったあの感じのほうが、好きなんだわ」
思いもがけない言葉に、僕は何も返すことができなかった。
「……そんなこと、言われても」
「あーわーってる。別に、これはこれでいいんだよ。ちゃんと提出したってことで、受け取っとく。
だけどな、青年。お前、最近生きてて、辛くねぇか?ちゃんと本音出して、生きてるか?」
まるで見透かすような目で僕を見る須賀さん。ぎくりとしながらも、なんとか表情を崩さないように
「何いってんすか。いいじゃないですか。ライターとして、俺も成長したんですよ」
「成長して、大人になったってか?……まぁ、いいけどよ。経験者から言わせてもらうと、そういうのって結構、しんどいぜ」
「……意味わかんねっす」
僕の言葉に須賀さんは何も言わなかった。
黙って立ち上がり、スーツの上着と傘を手にする。
「ほんじゃ、帆高。いくぞ」
「行くって……どこへ?」
「夏美が今、東京に帰ってきてんだわ。昼飯食う約束しててよ。お前も来い」






「帆高クン、ひっさしぶりー♪」
夏美さんはそう言って、僕の背中をばしんと叩いた。
「けほ……お久しぶりです。夏美さん」
夏美さん。須賀さんの姪。
職業は……白バイ隊員。
5年前、僕が保護観察処分を受けてから少し経った後、夏美さんから手紙で知らされたときは、僕の人生のなかでも、トップ5に入る驚きだった。
一緒に逃げていたあのときの言葉が、まさか本当になるなんて……。
5年ぶりに会った夏美さんは相変わらず綺麗で、心なしか、鼓動が早くなるのを感じた。

「圭(けい)ちゃんも、久しぶりー」
「夏美、おまえ…………太った?」
「言うなー!」
夏美さんの軽いアッパーが、須賀さんの顎を直撃した。
「ってぇ!何すんだテメェ!!」
「ふーんだ!ちょっと会社が大きくなったからって、いい気になってる人に同情の余地はありませーん!」
「いい気になってねぇよ!つーか、最近マジで忙しいんだぞ!大口の依頼も入るようになって……」
「はいきたー!忙しい自慢いただきましたー!!あー傷ついた!乙女の心は傷ついたなー!!
…………ってことでぇ、ここは社長のおごりねー!」
「はぁ!?ここのレストラン、お前が選んで予約したんだぞ!?なんでこんなクソ高い所でおごんなきゃいけねぇんだ!
……あ!てめぇ!!最初からそのつもりで予約しやがったな!」
「違いますー。今、傷ついたから、その慰謝料ですー!
帆高クンも、社長におごってほしいよねー」
夏美さんに苦笑して、僕も調子を合わせることにする。
「社長!ゴチになります!!」
「帆高!!てめぇまで!!!」
「社長、俺、忘れてないですから……。5年前、月給3000円で働いてたこと……」
「~~~~~~!!!!!
わぁーった、わぁーったよ!!なんでも好きに食いやがれ!!ちっくしょー!!」
経費で落とせっかなー、とボヤく須賀さんを尻目に、僕と夏美さんは笑いあった。





「ごっとうさん。……俺、急な仕事入ったから行くわ」
久しぶり(何なら生まれて初めての)豪華な食事を食べた後、須賀さんがそう言った。
「あ、じゃあ僕も……」
「いいよ、帆高。今日は半ドン扱いにしてやる。夏美のおもりでもしといてくれや」
「そうそう。仕事なんて圭ちゃんに任せて、帆高クンは私とデートしよ」♪
「夏美ぃ、あんまり彼女持ちをからかうなよ?」
「そんなつもりはないんだけどねー。いい女ってのは、無意識に男を引き寄せちゃうんだなー、これが」
「言ってろ」と笑って、須賀さんは店を出ていった。ちゃんと会計を済ませてるあたり、大人だぁ、って感じがする。

「………………」
「………………」
二人になって、急に喋ることがなくなる。
さっきまで須賀さんがいたから盛り上がっていたけど、やっぱり久しぶりだし、何を話していいかわからない。
僕はそわそわしながら、夏美さんと合わせていた目をそらして、視線を下へと持っていく。
今日の夏美さんの格好は、カジュアルなドレスって感じで、目を下に持っていくと、そこには巨大な面積……いや、体積の肌色が……
「帆高クンさぁ……今、私の胸見てたでしょ」
「み、み、み、見てないです!見てないですよ!!」
「あっはっは!ウケる!変わらないなー帆高クンは。相変わらず、エロエロだなー!」
「だから見てないですってば!」
からかうように笑う夏美さんに反論しながら、僕は気まずい空気が消えていくのを感じた。
……気を、使わせてしまったのかもしれない。

「……夏美さん、白バイ隊員の仕事って、どんな感じですか?」
食後のコーヒーがやってきたタイミングで、僕は尋ねてみた。
「んー?そりゃ、結構しんどいよー。知ってる?女性の警察官ってさ、警察官の全体の1/10ぐらいしかいないんだー。
私も体力には自信あったけど、こんなに大変だとは思わなかったー」
「ってゆーか、そもそも、よく受かりましたよね。あんなことがあったのに……。
それに、あの頃の夏美さんって確か、就職活動、全然うまくいってなかった気が……」
「うーん……まぁねー。でも、うまく行ってなかったのは、あの頃の自分が『取り繕うことしかしてなかったから』だとおもうんだよねー」
「とり……つくろう……」
「そ。あの頃のあたしってさー、もーとにかく何でもいいから、どこかの企業に受かりたいって必死だったんだよねー。
『御社が第一志望です』『御社が第一志望です!』って。
自分でも何回言ったか、わかんないや」
夏美さんはどこか遠い目をしながら、話を続ける。
「でもさー、あの日。……今思えば、ほぼ最後の、東京で晴れだった、あの日。
帆高くんを逃がすためにバイクを走らせたあの日、気づいちゃったんだよねー。
『一生懸命、自分を出していかないと、意味ないなー』って」
「………………」
「あの日、帆高くん、すごく必死に、陽菜ちゃんのために走っていったじゃない?
あの後ろ姿見て、じんと来ちゃってさ……。
あんな風に一生懸命になにかに打ち込むってこと、私にはなかったから……。
だから、君の走る姿を見て、私は決めたんだ。『自分に正直に、自分が打ち込めるものに、全力で頑張ろう』って」
夏美さんは笑顔で僕を見る。
「君を後ろにのせて走ってるとき、私、すっごい充実感があったんだ。
バイクはもともと好きだったんだけど、なんていうか……『人のために、自分の力を使うっていいな』って。
それからはもう、必死だったよー。警察の採用条件とか、いろいろ調べて。
面接では当然、あの日のこと突っ込まれてさー。
でも、ちゃんと正直に言ったら、わかってくれて……」
夏美さんは、コーヒーを一度口に運んだ。
「だからさ、私が今こうしていられるのは、君のおかげ。
いつかちゃんとお礼を言いたかったんだけど、君はあのあとすぐ、島から出られなくなっちゃったし、私も採用が決まってからは、仕事でなかなか東京に出てこれなかったし……。
実は今日は無理言って、圭ちゃんにセッティングしてもらったんだ。
だから、今、改めていいます。…………帆高君。森嶋、帆高君。あの日の君に、私は勇気をもらいました。
本当に…………ありがとう」
夏美さんは真っ直ぐな目で僕を見て、深々と頭を下げた。僕は慌てて両手を振る。
「や、やめてくださいよ!夏美さん!俺、そんなすごいことしてませんから!」
俺の言葉に、夏美さんは首を振る。
「ううん。すごいよ。君は、すごい。あんなメチャクチャな状況の中で、陽菜ちゃんを助けに行くなんて、普通の人はできないよ。
しかも、ちゃーんと、連れ戻しちゃうんだから。……私はあなたのこと、尊敬してます」
「やめてください!そんな……そんな言葉……やめてくださいよ!
俺、本当にそんなんじゃ…………そんなんじゃ、ないんです…………」
気づいたら僕は、泣いていた。公衆の面前、夏美さんの前で、涙がこぼれていく。止めようとしても、止められなかった。
夏美さんはそんな僕を、黙って、見守ってくれた。




「…………落ち着いたみたいね」
トイレで顔を洗って戻ってきた僕に、夏美さんはそう言った。
「はい……すいません」
席につくと、湯気のたったコーヒーが目の前にあった。
「お店の人が、サービスだって」
ちらりと店員さんを見ると、ちょっとダンディな髭のウエイターさんが、僕に微笑んでいた。
僕は少し恥ずかしくなりながらも会釈して、コーヒーを口に運ぶ。
温かいそのコーヒーは、今の僕には、とても苦い。

「……何か、悩んでるんじゃない?帆高くん」
夏美さんがそう切り出してくれた。
「………………」
その優しさに僕は、沈黙で返してしまう。
「……無理に喋れとは言わないけど、そういうのって、吐き出したほうがいいわよ。
自分の中で溜め込んじゃうと、訳わかんなくなっちゃうんだから」
就活中の私がそうだったわ、と夏美さんは笑った。
「……………………………………………………
………………………………………………………
………………………………………………………
…………………………………………たまに、思うことがあるんです。
『これでよかったのかな』って……」
夏美さんは黙って、僕の話に耳を傾けてくれている。
「東京に雨が振り続けるようになって、それを僕は、遠くの島から、最初はニュースとして見ていました。
実家のTVで、2020年の東京オリンピックが中止になったっていうニュースが出て、悲しむ人たちの声を聞いて……その頃は、特に何も思いませんでした。実感が、なかったんだと思います。
そのあと、2022年に東京に来て、陽菜と再開して、そのとき僕は、幸せの絶頂だったと思います。
僕たちは世界の形を、確かに変えてしまったけれど、それでも僕たちは大丈夫だって。陽菜と、凪センパイ。三人でなら、絶対幸せにやっていけるって。
……でも、それからさらに2年経って、最近、思うんです。もしかしたら僕たちは、とんでもないことをやってしまったんじゃないかって。
立花のおばあちゃんは、東京が水に沈んだとしても、それは世界がもとの形に戻っているだけだって言ってくれました。
でも、そう感じない人も勿論いて、いや、むしろ、そう感じないほうが普通で……。
須賀さんにまた働かないかって誘われて、二つ返事で喜んだ僕は、この二年間、いろいろな人に取材してきました。
この雨の影響で、家をなくした人。東京を出ていかざるをなかった人……そ、そしてっ…………そしてっ……間接的にですけど、命を落とした人…………!!
こ、こ、こんなことなら、俺は……俺は…………」
「帆高くん、それは――」
「わかってるんです!それでも俺はあのとき、陽菜を助けたかったって!
陽菜のいない世界なんて考えられなかった!陽菜がいなくなるぐらいなら、雨を振り続けていいと願ったのは俺だって!!
でも……でも…………それが…………こんなことになるなんて……わかってなかったんです。
子供の頃の俺は…………何もわかってなかったんです………………!!!」
気づけば僕は、また泣いていた。でも、今度は止めようとすら思わなかった。
そうだ、僕は気づいていた。気づいていないふりをして、自分をごまかしてたんだ。
今の東京を形作ったのは僕だ。
日本の首都を海に沈めたのは僕だ。
大勢の人の幸せを奪ったのは、僕だったんだ。
僕の陽菜への思いが、エゴが、たくさんの人の幸せを、奪ったんだ…………。


…………何分経ったかわからない頃。
ようやく落ち着いてきた僕に対して、夏美さんが口を開いた。
「帆高くん、一つ聞かせて。君は、陽菜ちゃんを助けたことを、後悔しているの?」
「…………それは、違います。後悔は……ないです。
陽菜を助けたことは今でも、正しかったと思ってます。
何より、陽菜のいない世界なんて……俺には考えられないです」
でも、辛いんです、夏美さん。どうしていいか、わからないんです。
陽菜を今更、人柱として差し出すなんてありえません。
でも、このままじゃ…………罪悪感に、押しつぶされそうなんです…………。
「……帆高くんはさ、どうしてあの日、陽菜ちゃんを助けようと思ったの?」
「……え?それは…………」
それは、改めて聞かれると、答えるのが難しい質問だった。
夏美さんは前に乗り出して「可愛い女の子だから、助けたかった?好きな女の子だから、会いたかった?死んでしまうかもしれない人が目の前にいるから、つい助けてしまった?それとも、他に何かがあった?」と矢継ぎ早に尋ねてくる。
「それは…………」
……………………………………
僕の頭に、昔、島で光を追いかけている光景が浮かび上がる。
…………ああ、そうだ。僕はずっと、光の中に入りたかった。
安らげる場所が、欲しかった。
でも、陽菜が『彼岸』の向こうに行っちゃって…………・
それは、光が遠くに行っちゃったってことで……。
陽菜は僕にとって、光そのもので………………。

「ねぇ、帆高くん。今も陽菜ちゃんは、あなたにとっての『光』なのかしら?」
「――――――それ、は………………」
夏美さんの言葉で、僕の中の何かが弾けた。
いても立ってもいられなくなって、思わず立ち上がる。
「夏美さん!あの、俺…………!」
夏美さんは全てわかってる、と言わんばかりに、笑みを浮かべる。
「走れっ。帆高」







「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
雨の中傘もささずに、走ってきたせいで、心臓が痛い。
僕は今、陽菜のアパートの玄関の前に来ていた。
体中ずぶ濡れで、前髪からポタポタと水滴が落ちる。
このままほおっておいたら、僕は明日には、確実に風邪をひくだろう。
でも僕はそんなことも構わず、ずぶ濡れのまま、合鍵を使って、陽菜の家に入っていく。

部屋の中は薄暗かった。電気が付いていない。
陽菜は茶の間の真ん中で、ぽつんと座っていた。
「! 帆高。どうしたの?」
とても明るい声を出しながら、陽菜は僕の方に振り向く。
「…………っ!」
僕は、久しぶりに、本当に久しぶりに、こういう時の陽菜の顔を、真正面から見た。
陽菜は、泣いていた。
潤んだ目と、僕の目線が、はっきりと交わり合う。
わかっていた。陽菜も僕と……同じだったんだ。

「あ……これはね!違うの、帆高!…………そう、ちょっと疲れて、眠くて、あくびが――」
言い訳をする陽菜に、僕は靴を脱ぐ手間も惜しみながら、ずんずんと陽菜に近づいていく。
「ほだ――」
僕はずぶぬれた体で、陽菜を強く抱きしめた。
「陽菜……陽菜!」
「帆高……痛いよ……帆高……」
「ごめん……本当にごめん…………」
陽菜の辛さを、僕が背負ってあげられなくてごめん。
僕が勝手に陽菜を助けたのに、陽菜に罪悪感を与えちゃってごめん。
東京を水びだしにしたのは僕なのに、そのせいで陽菜につらい思いをさせてごめん。

陽菜は、僕にとっての光だ。
でも、今の陽菜は、光じゃない。自分がやってしまったことに対する罪悪感で、いつも辛そうなんだ。
僕のせいでこうなっているに、僕と同じ……いや、僕以上につらい思いをしていたはずだ。
「ひな……俺、なんとかするから」
「え?」
「この雨は……俺が止めるから」
「止めるって……」
「もう陽菜に、そんな辛い顔、させたくない!俺が、晴らすから!
東京も……陽菜の顔も……俺が晴らすから!!
絶対絶対、俺が、晴れにしてみせるから!!!」
「……………………………………うん、ありがとう…」

――来月、8月22日。
陽菜は、20歳になる。
陽菜には、幸せな20歳を迎えてほしい。
僕は来月までに、東京を晴れにすると、陽菜と自分に、強く誓ったんだ。








二章 焦燥、座礁、そして、灯火




「あんた、死ぬわよ」
「…………はぁ」
僕は思わず、間抜けな声を出した。



あの日、陽菜に東京を晴らすと誓った日の翌日。
僕は早速その決意を、須賀さんに伝えた。
しばらくは与えられた仕事ができなくなる……クビになることも覚悟しての相談だったが、須賀さんはあっさり休暇を与えてくれた。
『お前にも、陽菜ちゃんにも、凪にも借りがあるからな。この際、この間の料理も合わせて、一気に精算しようと思ってよ。
『あぁ?自分が一ヶ月も休んで大丈夫かって?自惚れんなよ、帆高!おまえ一人が一ヶ月休もうが、二ヶ月休もうが、うちの会社にゃー屁でもないっつ~の!
なんなら、二度と戻ってくんな!帰ってきたら、お前の席ねーかもしれねーぞ!』
そう言って笑って送り出してくれた。
(帰るときに、スタッフの人が教えてくれたんだけど、須賀さん前々から、今日から一ヶ月は、休暇を一切入れてなかったらしい。
夏美さんのことといい……この人には、出会ったときから、ずっと救われっぱなしだ)

これだけでも十分すぎるのに、なにかのヒントになるかもしれないと、須賀さんは5年前に晴れ女の調査で使った場所、人、情報の資料を、全て僕に渡してくれた。
東京の上の雨雲を消し去る……そう思ってはいるものの、具体的にどうしていいか全くわからなかった僕にとって、これは本当にありがたかった。
まずは順番に、これらの人や場所をあたってみよう。
そう思って最初に来たのが、例のあやしい、ラノベ印の占い師だった。
…………忘れてた。なんで僕は、こんなところに来てしまったんだ。
つーかこの人、なんで未だに占い師やれてんだよ。世の中の人には、こんなのがウケるのか……?


「あんた、死相が出てるわね。このままだと、あんた、死ぬわよ」
「……はぁ」
芸風がラノベどころか、さらに逆行している気がする…………。
いま、2024年なんだが……。
「ええと……あのですね。今回僕が聞きたいのは、今降ってる東京の雨を、止める方法で――」
その言葉に、ピタリ、と占い師が動きを止める。
「もちろん、可能です」
「え?」
その真剣な表情に、僕は思わず、メモの手を止める。
「雨雲はいわば、龍の巣です。竜神と、それに従う魚たちの群れです」
僕の頭に、かつて陽菜を救うために登った彼岸の光景が目に浮かぶ。
あれはたしかに……魚と……龍といえなくもないものだった。
「龍と魚は群れをなし、この空にとどまり続けているのです」
「そ、それは……どうすれば消せるんですか……?」
「それは…………」
「それは……?」
僕はごくりと、つばを飲み込む。
「私のこのお守りを買いなさい。さすれば、かつていた伝説の『晴れ女』の加護があなたに与えられるでしょう」
占い師はすばやく(本当に素早い。いつの間に取り出したのか)お守りを僕につきつけた。
「………………」
「あなた、知らないの?伝説の晴れ女を。このお守りは、あの伝説の晴れ女の髪の毛が縫い込んであるわ」
僕の知る限り、陽菜がこの占い師のもとを訪れたということはない。
「晴れ女はおしとやかで、天使のような子でね。きっとあなたに加護を与えてくれるわ」
天使というのには同意するけど、おしとやかというのは、どう贔屓目に見ても無理がある。
陽菜は僕を助けるために、雷を落としたりするんだぞ。
「雨雲は龍神と魚の群れの共同体なの。いわば、シナジーが高い存在ね。それを消すためには、あなたの生体エネルギーと、晴れ女の加護によるアライアンスが重要で――」


――30分後、僕のもとには、自分でも何を書いてるんだかわからないメモと、あの女の音声を録音したデータと、いつの間にか5000円が消え去っている財布があった。
おいおい……幸先悪すぎだろ、これ……。






その後はしばらく、地道な聞き込みをする日々が続いた。
大体の取材先は、約束してから実際に取材が出来るまで、2,3日の間があった。
(すぐさま取材できたのは、あの占い師ぐらいだ)
街で聞き込みをしたり、ヤフー知恵袋を使ったり(未だにこれをよく使ってるんだけど、一回も有力な答えをもらったことがない……)して、一週間以上が経ったが、特にこれといった情報は得られなかった。
ただ、昔取材した大学の研究員の話が、少し印象深いものだった。
(相変わらず、最初は渋い顔するくせに、喋りだすと止まらない男性だった)

『この東京にある雲が動かなくなって、もう5年になります。これは気象学の歴史から見ても、ありえないことです。この研究室は、問題の雨雲のまさに直下にある研究所で、世界でも一番研究に恵まれた場所と言えます。
『え?雨雲を消そうとしなかったかですか?勿論、当研究所や科学者たちの間でもそういった議論は巻き起こりました。雨雲を爆発で散らせないか、とか、断熱冷却に負けないほどの熱を地上や空中で作ることはできないか、とか。
『しかし残念ながら、今の科学では、そういった気象を操作することは非現実的と言わざるを得ません。2009年7月に、かの気候科学者ケン・カルデイラがビルゲイツとともにハリケーンを消し去る論理を提唱しましたが、費用対効果からみて、非合理的と評価を受けています。ましてや、東京の雲は過去例のないものですから、どれくらいの費用がかかるか分かりませんし、人道的に見ても、この東京でそういった施策が取れるかは疑問です……』

言ってることは半分も理解できなかったが、要は、科学的な観点からでは、東京を晴らすことは難しいということだ。
「わかっちゃいたけど……科学的な問題じゃないよな、これは……」
5年前の僕は、『大人は何もわかっていない』『科学や常識なんてなんの意味もない』と思っていたけれど、流石に21歳ともなれば、世の中が科学を中心に動いているということは、理解できるようになっていた。
とはいえ、やはりこの問題は、そんな簡単に解決できるものではないことは確かであった。
今の東京の空模様のように、陰鬱な気持ちを抱えながら、僕は手当たり次第に須賀さんがくれた資料にあたっていった。
しかし、空の観測所、自称超能力者、図書館……どこに行っても、有力な答えを手に入れることはできなかった。





気づけば8月17日の土曜日。陽菜の誕生日まで、一週間を切っていた。
僕はおすすめされた取材先としては最後の場所、とある神社に足を踏み入れていた。
もしここで何も手がかりを得ることができなければ、どうすればいいのかと、焦る気持ちを抑え切れない。
ただ、この場所は赤いマーカーで星印が付いていて、『重要!!』とチェックマークがつけられている(おそらく、夏美さんの字だ)
ここなら、なにかわかるかもしれないと期待を胸に、僕は取材場所に赴いた。

案内された場所は、すこし薄暗く、天井に神秘的な絵が描かれた部屋だった。
フガフガと喋る年老いた神主さんが、『800年前に描かれた、天気の巫女が見た風景』と説明してくれた。
「これが……天気の巫女が、見た風景…………」
その絵を見て僕は驚くとともに、納得のいく気持ちで心が満たされていくのを感じた。
空を飛ぶ龍と魚は、どちらも見覚えのあるものだった。
僕がみたものはもう少し透明感が高く、こんなにはっきりとした形はとっていなかったけれど、それでもこの絵は、僕が見た光景そのものと言えた。
ここなら……ここなら、何か分かるかもしれない!

相変わらずフガフガと喋っては咳き込み、隣の中学生くらいの子どもに背中をさすってもらっている神主さんに、僕は興奮しながら尋ねる。
「あ、あの!それで、天気の巫女は、どうやって天気を晴れに変えるんでしょうか!?」
「天気の巫女には悲しい運命があってな……ゴホッゴホッ…………その身を人柱にすることで、その地方の天気を晴らしてきたのだ」
そうだ……それは知ってる……!知りたいのは、その先だ!
「他に……他に方法はないんですか?天気の巫女が人柱になる以外に、天気を変えることができたという話を知りませんか!?」
僕は思わず、神主さんに駆け寄っててを強く握る。
神主さんは手が痛かったようで、うめき声を上げる。僕は横にいる子どもに「何すんだよ!」と突き飛ばされてしまう。

僕は突き飛ばされて、床に倒れながら、
「す、すいません……!でも、俺、知りたいんです!天気の巫女が人柱にならずに、天気を変える方法がないか……!どうすれば、天気の巫女の命は助かるのか……!お願いです!なにか知ってることがあったら、俺に教えてください!!」
僕は土下座して、神主さんにお願いした。
子どもはそれをみて、ますます頭に来たようで「あんた、いいかげんにしろよ!こんな与太話で、なに熱くなってんだよ!!」と叫んで、僕に駆け寄ってくる。
「やめい!!」
神主さんが、これまでにないはっきりとした大きな声で、子どもを静止する。
その声に子どもは驚き、呆然として神主さんをみつめた。
神主さんはゆっくりと、僕に歩み寄ってくる。

「顔、あげなされ。あんた……………………いや、詮索はよそう。天気の巫女が人柱にならずに、晴れにする方法はないか、だったね」
「はい……!そうです!何か方法はないんですか!?」
僕は顔を上げて、期待に満ちた目で、神主さんに問う。
――しかし、僕の見た神主さんの瞳は、悲しそうに閉じられた。
「残念ながら、儂は何も知らん。古来から天気は、天気の巫女が人柱となることで、人間たちの晴れてほしいという願いを届けてきたのだ。
民衆は皆、天気の巫女を頼り、崇め、そうして生贄に捧げてきた……。
上の絵をみなされ」
神主さんが天井の絵を指差す。
「あの光景が見られるのは、天気の巫女だけだ。あの世界に通じるのは、天気の巫女だけだ。
だから、天気を変えられるのは、天気の巫女だけなのだ。
そして、天気を変えるほどの力というのは、一日人の命を使ってようやくまかなえるのなのだよ。
残念ながら、天気の巫女が人柱になることは、逃れられない定めなのだ……」
その答えは、僕を絶望させるのに十分だった。



ザアアアアア……
もう聞き飽きた雨の音が、今日はやけに大きく聞こえた。
僕は気づくと、自分の家の布団でうずくまっていた。
どうやってここまで帰ってきたのか、まるで記憶にない。

『残念ながら、天気の巫女が人柱になることは、逃れられない定めなのだ……』
神主さんの言葉が、僕の頭にフラッシュバックされる。
「~~~~~~っっっ!!!!」
思わず僕は立ち上がり、スマホを、布団に思いっきり叩きつける。
「どうすれば……どうすればいいんだよ!?」
ここ一ヶ月間、僕は東京の天気を晴らす方法を、探しに探しぬいた。
しかし、そうやって調べた先にある結論は『晴れがほしいのなら、陽菜を人柱にするしかない』という絶望的な答だった。
僕はこの一ヶ月間、何をしていたんだ。
散々調べて、その挙げ句が、こんな結論だなんて。
――神様、なぜですか。なぜあなたはここまで、僕たちに厳しいのですか?

「これじゃあ……これじゃあいつまで経っても陽菜は、苦しいままじゃないか……!!」
陽菜の心を晴らしたい。
僕の罪悪感を晴らしたい。
東京の空を晴らしたい。
そのために動いた一ヶ月は、全くの無駄骨だった。

”タン タンタン タンタラタンタン タンタンタンタンタン
タン タンタン タンタラタンタン タンタンタンタンタン……”

突然、さっき布団に叩きつけたスマホが着信音を鳴らす。
誰かと思って画面を見ると……陽菜の名前がそこにはあった。
僕は泣きそうになりながら、電話に出る。

『もしもし……帆高?』
久しぶりに、陽菜の声を聴く。
実際僕は、東京の空を晴らすと決めた一ヶ月前から、一度も陽菜に会ってなかった。
「ごめん陽菜!連絡遅れて!いやー、調査が思ったより難航してさー!」
僕の心とは裏腹に、口から出たのはとんでもなく明るい声だった。
『あのね、帆高……』
「ずっと連絡しないから心配したよね!ごめんごめん!でもね、安心して!東京の空を晴らす手がかりは、もう手に入れたんだ!!」
自分でもどうしてこんなにペラペラと嘘を言ってるのかわからない。
しかし、僕の口は止まらなかった。
「いや、時間がかかりすぎてるなーとは思うんだよ。その点は、ごめん。でもさ、僕も一応ほら、取材のプロだから!それっぽい情報が入ったからと言って、そこで調査をやめるわけには行かないんだよね!
それらしき情報を手に入れたら、ひたすらに裏取りする……これがやっぱり、正解を導くためには必要なんだよねー」
『帆高、私、君に言いたいことが――』
「わかってるって!本当に空は晴れるのか?でしょ!僕に全部任せといてって!陽菜はセンパイと二人で安心して待っててよ!誕生日には三人で、晴れた東京の空の下でお祝いしよう!」
『帆高、私――』
「あ!ごめん!新しいヒントが見つかったみたいだ!すごいぞー!!このヒントも合わせれば、もう答えにたどり着いたも当然だ!陽菜、もう少ししたら僕から連絡するから、それまで待っててよ!!!」
『ほだー』
”ピッ”
僕は逃げるようにして、通話を切って、そのまま携帯の電源も切った。
いや、逃げるようにじゃない。はっきりと、逃げ出したんだ。
僕は僕のバカさ加減に嫌気がさす。

「……何やってんだ…………俺」
それでも、陽菜の声を聞いた僕は、さっきまでの僕とは違っていた。
どうしようもないこんな状況でも、なんとかしたい、なんとかしなきゃという気持ちが湧いてくる。
やっぱり、陽菜は僕の太陽だ。
僕は僕の太陽に、かつての輝きを取り戻してもらうためにも戦う。

「……落ち着け、俺。
今日は疲れてる。まずは風呂に入って、ゆっくり休むんだ。
そして明日また……ちゃんと考えよう」
僕はそう結論づけて、服を脱いで浴室に向かう。
実際僕は、思った以上に疲れていて、追い詰められていたらしい。
シャワーを浴びながら何度も船を漕いで、壁に頭をぶつける。
風邪を引かないようになんとか体を拭いてドライヤーをかけたら、気絶するように眠りについた。





次の日。8月18日の日曜日。
昼の12時まで眠っていた僕は、改めて身だしなみを整えて、ある場所に向かっていた。
ある場所とは、屋上に鳥居と祠のある、廃ビル――陽菜が天気の巫女となるきっかけになった場所で、僕が彼女と共に、こちら側に戻ってきた場所だ。
「なんで、気づかなかったんだろう……」
考えてみれば、一番最初に行ってもおかしくなかった場所だ。なのに僕はどうして、ずっとこの場所を思い出さなかったのか?
その答えと言えるかはわからないけど、ここに来たことが無駄であることは、到着してすぐにわかった。

例の廃ビルはなくなっていた――正確に言えば、違う建物に建て替えられていた。
まだ工事中のようで、白い天幕にあるていど囲われているが、建物はほぼ完成しているのだろう。
天幕が囲っているのは下の方(といっても水位が上がっているから、5年前に比べれば、高さとしてはずいぶんなものだけれど)だけで、建物の上の部分は、既に肉眼で確認ができた。
その屋上部分は予想通り……鳥居や祠なんて、影も形もなくなっていた。
今日は日曜日で工事の人は誰もいないから、悪いと思いながらも無断で中に入って確認したので、間違いない。
あの鳥居と祠は、完全にこの世から消えてしまったのだ。

「……そりゃあ、そうだよな」
東京が雨によってゆっくりと沈む中、いくつもの建物が改装工事を強いられた。
ましてやこのビルはほぼ半壊状態。非常階段の床が抜けている(というか、床をなくしたのは僕だ)
改築が最近というのが、むしろ驚きと言っていいだろう。
「やっぱり……もうどうしようもないのか……?」
ぽつりと口に出た言葉を、僕は慌てて振り払う。
諦めてる場合じゃない。なんとかして、方法をみつけるんだ。

「どうしたものか……」
僕はあてもないまま、下を向いてとぼとぼと考えながら道を歩く。
なんでもいいから、何かヒントになるものを探さなくてはいけない。
「……とりあえずもう一度、調べた資料や音声を聞き直して、考えてみるか……」
とりあえず家に帰ってそうしてみようと僕は決意し、顔を上げる――

”ドンッ”
下を向いて歩いていたせいで、曲がり道で人にぶつかってしまう。
”バシャ!””バシャ!”と、僕と相手の二人が雨の中を転んでしまう。
「す、すいません!!」
僕は慌てて立ち上がり、乾いたハンカチを取り出しながら、相手を確認する。
「いや、大丈夫……いてて……」
相手は男性で、見覚えのある顔だった。この人は……
「――瀧さん」
僕がぶつかってしまった人は、かつてお盆の日、立花のおばあさんの所に3人で晴れを届けに行った時に出会ったお孫さん――立花瀧(たちばな たき)さんだった。





最新更新分



「さあ、上がって、帆高君」
「お邪魔します……」
なぜか僕は今、瀧さんの暮らすマンションに招待されていた。

瀧さんにぶつかってしまったあの後、平謝りに平謝りを重ねて別れようとしたところで、むしろ瀧さんから大丈夫か、と呼び止められてしまった。
どこも怪我してないです、と返事をする僕に、瀧さんは「そうじゃなくて……すごく顔色悪いぞ。体調悪いのか?」と言われてしまった。
昨日は風邪を引かないように注意したし、特に思いあたる節はなかった僕だけど、そう言われてはたと気づく。
そういえば僕は、昨日神社に行った昼から今の今まで、何も食べていなかった。
瀧さんに「何やってるんだ……」と呆れられてしまい、僕は瀧さんの家まで連れてこられたというわけだ。

「……瀧さん、やっぱり悪いですよ。急にお邪魔したりなんかして……」
なんとか帰ろうとする僕を、瀧さんは制する。
「いーから、いーから。バーちゃんから、帆高君のことは聞いてるよ。今でもたまに、バーちゃんには会ってくれているんでしょ?」
そう。ここ暫くは会いに行ってはいないけれど、確かに僕はたまに、陽菜や凪センパイと一緒に、立花さんの家にお邪魔していた。
「帆高君にはいつかゆっくり、恩返ししたいと思ってたんだよ。……おーい、三葉(みつは)ー!タオル2つ持ってきてー!」
瀧さんが部屋の奥に声を掛けると「はーい」と女の人の声がして、タオルを2つ持った女性が顔を出した。
うわ、すっごい美人……。

「はい、瀧君。……こちらは?」
「こちら、帆高君。ほら、前話した、バーちゃんの家に来てくれた……」
「……ああ!あの『晴れ女』の!君が帆高くんかぁ。はじめまして、立花三葉です」
三葉さんが差し出す手を握り、僕たちは握手をかわす。
「瀧さん……ご結婚されてたんですね」
考えてみれば、前に瀧さんと会ったのが5年前。結婚していても、おかしくない話だ。
「あー……その……まぁ、ね」
頬をぽりぽりとかいて頬を染める瀧さん。なんだか、すごく可愛らしい仕草だ。
隣では三葉さんが、「何照れてんの?この男?」と言いたげなジト目を、瀧さんに向けていた。

「それは……おめでとうございます」
こういう場面に慣れてなくて、僕はとりあえず、無難そうな言葉を吐いた。
「ありがとう……まぁ、この話は置いといて、とりあえず風呂に入ろう。お先にどうぞ、帆高君」
その言葉に僕は、とんでもないと首を振る。
「いえっ!そもそも悪いのは僕ですし!どうぞ瀧さんが先にお入りください」
「いやいや、ここはまず帆高君が……」
「いやいや、まずは瀧さんが……」
不毛な譲り合いをする二人を尻目に、三葉さんがため息を吐く。

「はぁ……もういっそのこと、二人で入ったら?」
三葉さんの言葉に、僕はぎょっとするが、瀧さんはむしろ「確かに」とうなずく。
「そうだね。そうすればどちらも風邪をひかなくてすむし……一緒に入ろうか、帆高君」
「えええ……ちょ、それは、流石に……」
「あ、大丈夫大丈夫。うちのお風呂、結構広いから。二人でなら、全然入れるよ」
いや、そういう心配をしているわけではなくてですね……。

僕たちの様子を見て、三葉さんもクスクスと笑う。
「洗濯もしやすいし、私もそのほうが助かるなー」
「よし、決まり。帆高君、こっちに来て。……あ、三葉。悪いんだけど、なんか食べ物いっぱい作ってくれる?消化の良いやつで。帆高君、昨日の昼から、何も食べてないらしいんだ」
「え?ほんと!?じゃあ、なおさら二人でお風呂に入って!二人が上るまでには、いろいろ料理、作っておくから!みんなで食べよ?」
「いや、あの、その……」
なおも抵抗を見せる僕に、瀧さんがガッシリと肩を掴む。
「さぁ、いこう帆高君!」
「ああ~…………」
こうして僕は、瀧さんと一緒にお風呂に入ることになった。
確かに瀧さんの言う通り、お風呂は大きくて、二人で入っても全く苦ではなかった。
しかし、僕はお風呂の大きさよりも、瀧さんが大きかったことが強烈に目に焼き付いた。
いや、ナニがとは言わないのだけれど……。





お風呂からあがると、とても豪華でありながら、確かに消化に良さそうな食べ物が、所狭しと食卓に並んでいた。
ここまで来たら、遠慮するのも逆に失礼だろうと思い、ありがたくいただくことにする。
メニューの中には、体を温めるためのお酒もあって、話を聞くと、どうやら三葉さんが作ったお酒らしい。
流石にお酒までいただける状況ではないので、丁重にお断りすると、どこかホッとした空気が二人の間に流れていた。
う~ん、なんだったのだろうか……?


「――ごちそうさまでした」
美味しい料理をすっかり平らげて、僕は手を合わせる。
実際に料理を食べ始めると、如何に僕がお腹をすいているのかを実感して驚いた。
これではいけない。陽菜のためにも、体調管理はちゃんとしないとなぁ……。

「………………」
僕が食後のお茶を頂いていると、三葉さんがじーっとこちらを見ていることに気づく。
……?なんだろう。僕の顔に、なにかついているのだろうか?
「どうした?三葉?」
瀧さんも気になったようで、三葉さんに尋ねる。
「……いや、私、帆高君に、どこかで会ったような………………」
三葉さんが腕を組んで、首をかしげる。
「なんだよ三葉。『夢の中で見た』とでも言うつもりか?」
瀧さんの声色に、ほんの少しだけ心配そうな響きが含まれている気がした。
? ちょっと唐突じゃないかな?夢って……?

「ちゃうちゃう。そういうんじゃなくて……えーと………………あ!思い出した!君、あの時、指輪を三時間迷っていた子!!」
そう言われて、僕もすぐに思い出す。
初めて陽菜に会ってから、誕生日プレゼントの指輪をひたすら迷ったあの日……そうだ、たしかにあの時、悩む僕を根気よく待ってくれたのは、三葉さんだった。
あれ?でも、たしか、あの時、胸についていたネームプレートの名前は――
「宮水(みやみず)さん!そうだ、宮水さんだ!」
「そうそう!宮水です!宮水三葉!!あのときは、お買い上げ、ありがとうございました!」
テンションの上がる二人に対して、瀧さんはますます疑問符を浮かべるばかりだった


事情を話して、瀧さんがなるほど、と頷く。
「そっか、あの時言ってた彼女へのプレゼント、三葉のお店で買ったんだね」
「そうなんです。すいません……あのときは、お店にご迷惑を……」
僕は三葉さんに頭を下げる。
「ええよええよ。むしろ私、きゅんとしちゃったもん。こんなに一途に、誰かのことを思えるなんて素敵だなー、って」
「……ど、どうも」
面と向かってこう言われると、かなり気恥ずかしいものがある。
僕はごまかすように、食後のお茶を一気に飲み干す。
三葉さんは、それをみて、手早く食べ終わった食器を片付けていく。
そしてそのまま、流れるようにキッチンでの洗い物へとシフトしていく。
かなり手馴れている感じだ。

「手伝うよ、三葉」
瀧さんが三葉さんの横に立ち、洗い物を手伝う。
「あー、今日くらいええのに。お客さん来てるんやよ?」
「いや、でも、やっぱり、任せっきりは良くないと思うから……帆高君ごめん、すぐ終わるから、ちょっとまってね」
瀧さんがキッチンから僕に声をかける。
「あ、いえ!俺のことは、気にしないでください!!」
慌てて僕は手を振って、瀧さんに応える。
そのまましばらく僕は、二人で洗い物をする瀧さんと三葉さんを見ていた。
なんでかは分からないけど、その光景はとっても落ち着くもので、ものすごくいい感じだな、と僕は思ったのだった。





瀧さんと三葉さんが洗い物を終えてから、三葉さんは改めて紅茶と、デザートの洋菓子を用意してくれた。
そのまま三葉さんは、ちょっと買い物にでかけてくる、と言って傘を持って出かけていった。
……僕が突然お邪魔して、食べすぎたのが原因だとしたら、かなり申し訳ない。

僕も陽菜のことがあるから、三葉さんと一緒に出ることも考えたのだけれど、三葉さんに「ゆっくりしていってね」と言われてしまい、これでいきなり席を立ったら、それこそ失礼だろうということで、僕は紅茶をいただくことにした。
リビングには、僕と瀧さんの二人だけ。
外の雨は先程よりも少し強くなってきたようで、ボトッ!ボトッ!と窓を叩く雨音が、部屋に響いていた。

実は、僕がこの家に残ったのには、もう一つ理由があった。
瀧さんに、『何か』を尋ねなければいけないような気がしていたのだ。
その『何か』がなんなのかは、正直、自分でもよくわからない。それでも、聞かなければいけない。それは、陽菜のためにもなるような気が、僕にはしていた。


「…………」
「…………」
瀧さんも、僕が何かを聞きたそうにしていることを察しているのか、僕が口を開くのを待っていてくれている。
しかし……何を話せばいいのか?
よくわからないまま、僕はとりあえず、思ったことを聞いてみた。
「あ……あの、…………け、結婚生活って……どんな、感じですか?」
――これが僕の本当に聞きたいことかは分からないけど、まずは話してみないと、前に進めない気がした。
瀧さん自身は、この質問を、雑談程度に捉えたようで、にっこりと明るい顔を見せた。

「あー、そうだよね。そういうの、気になるよなぁ。帆高君。君はまだ、あの女の子と付き合ってるの?」
「ひ、陽菜ですか!?まぁ……い、一応……」
『一応』というのは謙遜でも何でもない。
遠距離でもなんでもないのに、約一ヶ月も顔を合わせていないのだから、一般的にみて、付き合っているか怪しいものだ。
「そっかぁ……たしか、五年前にあの子が18歳だったから……今は23歳かぁ」
「え……いや……その……はい」
誤解があるが、この誤解は解くのが面倒な割に、おそらくは意味がなさそうなので、僕は曖昧なまま頷く。
「二人は、一緒に住んでるの?」
「え!いえ!!そんな……滅相もない!!!」
慌てすぎて、なんだか変な返答になった気がする。
瀧さんも苦笑を浮かべる。
「まぁ、そうだよね。たしかあの子には、弟さんもいたもんね」
そう。僕だって『陽菜との同棲』を考えなかったことが無いとは言わないけれど、センパイがいる以上、そういうことはしたくなかった。
別にセンパイに遠慮していたり、ましてや、センパイを邪魔だと感じてるわけじゃない。
ただ単に僕は、センパイと陽菜の大切な時間を奪うようなことを、したいとは思えなかった。

瀧さんは少し昔を懐かしむような目をして、口を開く。
「俺と三葉は、3年前に出会ってさ。今年に入って、結婚したんだ」
「へぇ、そうなんですね……。どんな風に出会ったんですか?」
「ど、どんなふうにっ!?」
何気なく尋ねた質問に、瀧さんはかなり狼狽える。……そんな変な質問をしたか?僕。
いやまぁ、例えば、僕と陽菜の出会いを思い出してみると、ファーストコンタクトが腹ペコ家出少年とハンバーガーショップ、二回目の再開が風俗の呼び込みと拳銃の匂いが真っ先に思い浮かぶという、あんまりいい思い出でないのは確かだ。
こんな出会いが馴れ初めなら、説明しにくいのはわからないでもない。
瀧さんは暫く考えて、「まぁ、出会いのことは置いといて」と言った。僕も別に、深く追求するつもりはなかったので頷く。
まさか僕と陽菜の出会いを超えるような事件が起きてるとは思わないけれど、ちょっと変わった出会い方だったのかもしれない。

「三葉と出会って、しばらくして、同棲をはじめてさ。お互い仕事に就いてたから、蓄えもそれなりにあって、ちょっと良いマンションなんかも借りて……最初の頃は二人で、かなりテンション上がってたよ」
僕は改めて部屋を見渡す。たしかに、かなりいい部屋だ。東京は雨の影響で、地価はかなり下がったけれども、それでもこの部屋は安くはないだろう。
でもね、と瀧さんは続ける。
「同棲してしばらくしてさ、喧嘩することが多くなっちゃったんだよね。すれ違いというか……気まずくなることが増えた」
「喧嘩……何かあったんですか?」
僕の問いに、瀧さんは苦笑を浮かべる。「恥ずかしい話で、堂々と話せることじゃないんだけど、」と前置きして、
「結婚を期に、三葉は仕事をやめた。二人で生活するにあたって、やっぱり、家事をする人と、生活費を稼ぐ人は分けたほうが効率いいかな、って話になって。
……他の家がどうしてるのかはよくわからなかったけどね。俺も三葉も、両親が『ちゃんと』揃ってるとは言えなくて……。
多分、憧れてたのかな。テレビとかでよくみる、『普通の生活』ってやつに」
「……」

「最初の頃は、お互い、いい感じだった。俺は外で、仕事を頑張る。三葉は、家で、家事を頑張る。
これが、二人で生きていくことなのかなって、そう思った。
俺の立場だけで話すなら、家事を一切しないっていうのは、天国みたいだった。
大学生に入ってからは、親父からほとんど家事をやるように指示されてたから、それがなくなるのは純粋に楽だったよ」
瀧さんの言葉に、僕は頷く。僕自身は家事を全部自分でやっているけど(高校生のときに須賀さんと夏美さんにこき使われたのが、こんな形で生きるとは思わなかった)、家事をしないで済むなら、それにこしたことはない。
こういうと、三葉さんに全てを押し付けてるようだけど、別にそういうわけでもない。
瀧さんは外で仕事を頑張って、お金を稼ぐ。そして、三葉さんは家のことをやる代わりに、外で働く必要はない。
……いたって、普通の話に見える。何が問題なんだろうか?

――そんな僕の考えが、表情に出てたんだろう。瀧さんは「そうだよね、」と頷いて、
「俺も、これで問題は無いと思ってた。二人で仕事を分業して、二人それぞれが、自分の領域で頑張る。
それが、一緒に生きるってことだと思ってた。
……でも、違ったんだ」
「……どう、違うんですか?」
「これはあくまで俺たちの話なんだけど……なんていうのかな……お互いが、相手に感謝しなくなった」
「感謝……?」
「そう。最初のうちはお互いに、『ご飯を作ってくれてありがとう』とか『遅くまでお疲れ様』とか、一緒に声を掛け合ってた。
でも慣れてくると、いつのまにか『相手がそれをしてくれるのが当たり前』になってた。
俺はいつの間にか、家事の大変さを忘れてしまって、仕事でうまくいかなかったりイライラすると、三葉にあたってしまうことがあった。
三葉に『いいよな、こんな雨の中、外に出なくてすんで』なんて言ってしまったこともあった」
「それは……」
よくないですね、という浅い言葉しか、僕は出すことはできなかった。

瀧さんは頷く。
「うん、良くない。やってはいけないことだ。
ただ、三葉は三葉で、僕に強くあたってしまうことがあって、お互いに心の距離が、少しずつ離れていくのを感じた。
あの頃の俺たちは、二人ともが相手に対して『自分はこんなに相手のために働いているのに』って考えていた。
相手への感謝も、思いやりも、失っていた」
「……それで、どうなったんですか」
僕の問に、瀧さんは天井を見て、一拍置いてから、答える。
「三葉が耐えきれなくなって、実家――というか、あいつのお婆ちゃんが住んでる家に帰った。…………焦ったよ、あの日は。
雨で濡れて帰ってきたら、家が真っ暗で、置き手紙がおいてあった」
僕は無意識に、陽菜が陽菜の家から突然消えてしまう光景を頭に浮かべて、ゾッとした。

瀧さんは続ける。
「俺は三葉がどこに行ってしまっても、会いに行く自信はあったけど……あの時ばかりは、三葉に会いに行く足が震えた」
「迎えには……いったんですか?」
僕の問に、瀧さんは「勿論」と頷き、
「家に行ったら、まず、三葉の妹の四葉ちゃんにひっぱたかれちゃった。…………あの時のビンタが、俺の人生で、一番強い痛みだったなぁ。
そのあと、ちょっとだけお婆さんと挨拶して、三葉と二人にしてもらった。
……俺は土下座して、三葉に謝ったよ。今までの自分のよくない言動も謝ったし、『これからは、家事だってなんだって全部俺がやります!』って言った。
そしたらさ、三葉に言われちゃっただ。『馬鹿!なんにもわかってへん!!』って」
「……どういうことですか?」
「一方的に謝れても、嬉しくないってこと」
と、答えたのは、瀧さんではなかった。
いつのまにか僕の後に三葉さんが立っていた。

「うわ!?」
僕は驚いて振り向く。僕は玄関を背に座っていたので、全く気づかなかった。
逆に、瀧さんからは、リビングに入ってくる三葉さんが見えていたのだろう。
「おかえり、三葉」と、涼しい顔で言った。
「ただいま、瀧君。……珍しいね。その話するなんて」
「うん……まぁ、ね…………」
歯切れの悪い瀧さんの反応に、それでも三葉さんは納得したのか瀧さんの横に座る。
「ここからは、私も話していい?」
三葉さんが僕に尋ねる。当然、僕に断る理由はなかった。

「瀧君と私の関係がぎくしゃくして、私がついカッとなってお婆ちゃんの所に逃げ込んだんだのは聞いたんだよね?
で、私は暫くお婆ちゃんの家に厄介になろうと思ってたら、お婆ちゃんに怒られちゃったの。
『アンタらはもっと、話し合うべきだ!』って」
「話し合う……」
「私はお婆ちゃんに、瀧君がどんなに私をわかってくれないか、みたいな話をしてたんだけど、お婆ちゃんから言わせれば、私も十分悪かったんだよね。
私達はお互いに、自分が相手にどんなに尽くしているか、ということを自分勝手に考えていた。
結局の所、自己中だったんだよね。両方とも」
瀧さんは三葉さんに同調する。
「言われて、俺も反省したんだ。俺の謝罪は結局、一方的で、自己中心的なものだったって。
三葉の家事を俺が全部やるなんていったけど……こんなのは結局、俺が一人で自己満足に動いてるだけなんだよな。
俺たちはもっと、お互いの責任を分担するべきだったんだ」
瀧さんの言葉に、三葉さんは頷く。
「私達は話し合って、なるべく、お互いが平等に、等しいぐらいの負担を背負うことにしたの。
ちゃんと相談して、お互いが納得できる形で、家事も、仕事も、できる範囲で分け合った。
……私は、瀧君ばかりに、仕事をおしつけちゃいけないし、」
「……三葉にだけ、家事を押し付けるのも良くない。
そりゃ、完全な分担は不可能でも、少なくてもお互いが、お互いの仕事を助け合える、一緒に背負うのが大事って気づいたんだ」
「だから私、今は家事やりながら、パートで頑張ってます!逆に瀧君は、家事をいっぱい手伝ってくれるもんね?」
三葉さんが笑顔でそう言った。瀧さんも笑って
「お互いが相手の仕事を、ほんの少しでも背負うことができたら、相手がどれだけ大変なことをやってくれているかというのがよく分かる。
そうすれば、お互いに感謝できる」
「そして、相手と協力できるっていう状態が、物凄く嬉しいんだよね。自分が、自分の手で、相手を支えてあげられる。
そう感じると、幸せな気持ちになれるんだ」と、三葉さんは締めた。

「…………………………」
僕は、絶句していた。
おののいていた。震え上がっていた。
――僕は、陽菜と、本当にこれまで『一緒に過ごしていたのか?』
「――謝らなきゃ」
瀧さんと三葉さんが目の前にいることも忘れて僕は、携帯電話を取り出した。一刻も早く、陽菜と話がしたかった。
しかし、ポケットからスマホを取り出しても、スマホの画面は暗いままだった。
……そういえば、昨日、陽菜と話したときに電源を切ってから、ずっとそのままだった。

僕は舌打ちをして、スマホの電源を入れる。数十秒の間があいて、スマホの電源がつく。
”ヴー”
”ヴー”
”ヴー”
”ヴー”

電源を切っていた間に届いていたメールやら、メッセージやら、留守番電話の通知が、一気にスマホに表示される。
ほんの半日切っていただけなのに……その量は、異常だった。
しかも、一瞬で通知が過ぎていったので断言はできないが……メッセージはセンパイからがとても多かったような……。
”タン タンタン タンタラタンタン! タンタンタンタンタン!”
そんなことを考えていた矢先に、今度は電話がなった。
かけてきたのはやはり……センパイだった。
僕は震える指で電話を受ける。どうしようもなく悪い予感が、僕の頭を支配する。
『帆高か!?やっとつながった!オマエ……今どこにいるんだよ!!』
「え……えっと……」
あまりにもひっ迫したセンパイの声に、僕は狼狽え、何も言うことができない。
そして、その後のセンパイの言葉に、僕の頭はフリーズする。
『いいか帆高!よく聞けよ!姉ちゃんが――――――――』
「え…………?」
僕は手から、スマホを滑り落とした。
ガタン、とスマホが床に落ちる。

流石に、尋常じゃない様子が伝わったのだろう。瀧さんと三葉さんが、「どうしたの?」とこちらに尋ねる。
僕は声を出そうとするが、うまく声が出ずに、顔全体の震えを感じてしまう。
それでもどうにかして、声を出す。
「陽菜が……………………陽菜が倒れて、意識不明だって………………」

雨はますます強まり、遠くから雷の音が響き始めていた。


――2章 完

3章に続く





続きは執筆中……







続きが書き上がるまでこちらをお楽しみください。

天気の子の考察・伏線・設定・謎の一覧!陽菜の正体・天気の巫女とは?魚や鳥居の意味に雨・異常気象の理由とは?(ネタバレ注意)


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